このことを知るだけで、あなたのうつ病は治り始めます。

うつ病は本当に辛い病気です。

もしあなたが、

・ただただ時間が過ぎていく生活を変えたい
・つらい思いをする生活から抜け出したい
・少しでもいいから気分を楽にしたい
・なんとか仕事ができるようになりたい



・・・と、少しでも思っているなら、

10年の間、うつ病に苦しみ
寝たきりで、もう人生を
諦めかけていた私が、

1日10分、
「あること」を一ヶ月
続けるだけ

うつ病を治し
薬の副作用や辛い気持ちをなくし

今までの何気ない普通の生活に戻れた方法

をお伝えするので
最後まで読んでください。

暗い夕日の写真

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こんにちは。れい子です。


私はうつ病を自力で治して
今は笑顔が戻って
普通の生活しています。

普通に生活できることがどれだけ幸せか、


体の不調もなく、毎日を送れることが、
どれだけ幸せなのかを 

噛み締めて生活しています

綺麗な夕日の写真


10年もの間、私を苦しめてきたうつ病は

この時期には「双極性障害」と
病名は変更されていました。


私のうつ病(双極性障害)は
会社の激務が発端で発症しました。

いわゆるバブルの崩壊・・・

この時期に行われた会社の
人員整理、人事異動、
上司や同僚や仕事のやり方や、


そんな何もかもが

会社の組織変更という名目で
変わっていく中で、

平社員である私たちは
どんどん1日の就業時間が
長くなっていき、

 

やってもやっても終わりが見えない
莫大な仕事量から逃れることが
できない時期に変化していきました。

綺麗な星空の写真

私や私の同僚は1日20時間以上の
勤務時間となっていく中で

真面目に仕事に取り組んで
何とか円滑に作業をしようと
頑張っていた私は、

 

他の男性社員が
「もう今日は終わり!オレ帰る!」
って言って帰って行っても、


もう少し、もう少し、もう少し、

毎日明け方まで仕事をやり続けて
いました。

他の男性社員は息抜きの方法
ちゃんと知っていました。

苦悩

ただ与えられた仕事をガムシャラに、
今日中に終わらせないといけない、
明日には伸ばせない、


私は仕事ってものは、会社のために
するもので、


自分のためにするものではない

そんな風に思っていたのは
私だけ・・・

案の定、私だけが休日出勤までして
仕事、仕事、仕事。

体の異変は休み無しの長時間の勤務が
4ヶ月ほど続いた時に起きました。

いつものように朝、目がさめると、
なぜかベッドから出れない状態でした。

「風邪かな?」と思い、なんとか起きて
風邪薬を飲んで、いつものように
会社に行く準備をしようとするのだけれど

 

ガンとして体は言うことを聞かないのです。

心臓の動悸や目まい、ガラガラという耳鳴り。

「あれ?どうしたんだろう」

私はいつもと違う体の変化に
戸惑いながら、
どうしても起きれないので
会社には連絡を入れ、


とりあえず病院へ行くことにしました。

 

病院では、動悸がするからというので
心電図の検査から始まりました。

異常なし。

でもどうしても心臓がバクバクするので
3ヶ月待ちの心臓の検査をすることにして
その日は病院を後にしました。

早い話が、その3ヶ月待っている間
体の異変はどんどん進行し、
「自律神経の乱れ」で済んでいたものを、
「うつ病」にまで発展させてしまったのです。

気がついた時には

・だるくて朝起きれない
・日中は眠いのに夕方から目が冴える

・無性に何か高価な買い物をしたくなる

・集中力がなくなり、突然眠くなる

・朝は気だるくて仕事に行けない

・あんなに頑張っていたのに仕事をしたくない


などの症状になっていきました。

それでも私はこれは
ホンの一時的な体の疲れで、
ちょっと休んで薬を飲んでいれば


すぐ治るだろう
って
タカをくくってました。

うつ病が発症する仕組み

でもこの状態は治るどころか
この後、10年以上も


私を苦しめることに

なっていったのです。

そして医者からの突然の宣言!

 

「あなたのうつ病はもう治りません」

 

あなたは病気は、
病院と医者と薬で治すものだと
思っていますか?

私はそう思って信じ切っていました。

それが10年も続くと、
もう慢性化した状態になり
「治りません」と宣言されてしまうのです。

最近はどんな重い病気でも
本人に必ず告知するらしいので
医者はたぶん私に告知したのでしょう。

でもそれが私をどん底に突き落とし、
「もう生きていても仕方がない」と思わせた
言葉になっていったのです。

それから私はシカバネのようになって
しまいました。

今、生きているのは飼い猫のためだけ。
この子達を残しては死ねない・・・

 


本当にただそれだけでした。

 

私は当時飼っていた猫5匹を
確実な里親を見つけて里子に出し、

 

それから自分の方向性を決めよう。

そう何となく思うようになりました。

方向性というのはもちろん生きていくこと
ではありません。

どうやって人に迷惑をかけずに
楽に死ねるか・・ただそれだけを
考えたかったのです。

パソコンで里親を探すには
どうしたらいいかを
検索する日々が続きました。

実際にパソコンを開く機会が増えて
「うつ病」に関する記事も見るように
なりました。

パソコンを開く元気は猫の里親探しから
始まったのですが、


同時にうつ病の記事を見ることで

実際に治した方のブログや、


アメリカの医療最前線の情報など

本当に色々なうつ病に関することを
知ることができました。

そのうち
「何も医者と薬だけが治す方法でもなかったな」
と思うようになり、


いつの間にか「うつ病の改善」の記事を

進んで検索していました。

そしてリラクゼーションや宇宙の話、
なぜうつ病は発生するのか、
ヒーリングや整体師、接骨院などなど

効き目があると見たら、どんなことも
試してみるようになりました。

しかし、効き目がしっかりあるものとは
なかなか出会うことができず、
焦りと苛立ち、体調も悪くなる一方で、
どんどん行き詰まっていきました。

大脳

そんな日々が抗鬱剤を飲みながらも
1年は続いたでしょうか。

 

あたりハズレは当然ながら医療界には
つきものですが、

ある日、ついに私は出会ったのです。

 


テレビの番組表で、アメリカの

『うつ病治療はここまで進んだ!』という
記事を発見しました。

青空の写真

私はとても手応えを感じて
録画もセットし、その番組を
見ることにしました。

番組の内容は実際のうつ病のメカニズムから
発症しやすい脳の仕組み
そして実際に治す方法まで、しっかりと
放送されました。

朝日の写真

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その「うつ病を治す方法」を
初めてやったのは、
初夏の汗ばむ季節でした。

その方法をやり終えた時、
私はベッドの上で
「今日はいつもと何かが違う」

そんな感じがやってきた感触でした。

草原山の中の写真


何がいつもと違うのか・・

ちょっと考えないと分からないほど
感覚がいつもと全然違っていて、

それは本当に突然私を襲ってきたという
感じでした。

今まで肩に重石のように
のし掛かっていた何か」の重圧。

 

その重圧で首や肩は本当に重だるくて
首を回すこともできないくらい
ガンガンに凝り固まっていたのですが、

それが「すうーっ」と、
すごく厄介な数式を解くかのように
私の肩から解きほぐれていく感じ。

 

あんなに重かった首と肩が
羽が生えたように軽くなって、

 
「ああーー」私はこらえきれず
口から言葉を発して
布団に仰向けに寝てしまいました。

 かすれた山の写真

これが私が一番初めに「うつ病を治す方法」を
自宅のベッドの上でやって、終わった時の
感覚です。

そして、
その方法をやってから3ヶ月後には
ついに「うつ病」は私から
遠ざかっていったのです。

私は自分でうつ病を治すことに
成功したのです。

綺麗な夕日の写真

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女性のためのうつ病

実際にメカニズムの話をすると
色々と理由付けは出来るのですが、


でも「どうやってうつ病を治すの?」

と言う実際のやり方が一番知りたいところですね。

 

この放送では事細かに
そのやり方が説明されており、
実際のうつ病発症の理由は限定されなくても

 

うつ病を治せることがわかったのです。

今回はこのテレビで放送された
「うつ病を治す方法」の
無料レポートを作成しました。

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この「うつ病を治す方法」は
まさに医者いらずの方法です。

私はうつ病を薬で治し、治癒したという方に
残念ながら出会ったことがありません。

あなたは今の治療法でご自身のうつ病が
少なからずとも治るとお思いでしょうか?

私はあなたのうつ病が
一刻も早く快方に向かうことを

心から願っております。

Nature1-011

れい子

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カテゴリー: うつ病を治す方法 | コメントする

うつ病は薬を飲まなければ治せないのか?抗鬱剤の副作用と弊害の恐怖と現状

こんにちは!れい子です。

 

私はうつ病から双極性障害へ移行し、
10年間辛い症状に
苦しみ続けました。

 

うつ病で薬を飲んで、副作用で
お悩みの方も多いと思います。

 

今回はうつ病の薬の種類と弊害について
書いていきたいと思います。

 

 

うつ病と薬と副作用

あなたが、精神科、神経科、心療内科で、
うつ病と診断されたのであれば、
必ず薬を処方されていることでしょう。

 

抗うつ剤、抗不安剤、睡眠薬を
それぞれ1種類ずつか、

多いと数種類ずつ
処方されていますよね。

 

あなたは、薬を飲み続けて3、4カ月でしょうか?

それとも、数年間飲み続けていますか?

 

医者に出された薬だから・・・とか

これを飲まないと絶対治らない・・・とか

思っていませんか?

 

 

私は、当初薬の治療を信じていましたが、
10年間も飲んでも治らないので、
ある時を境に薬を飲むのを止めました。

 

うつ病の治療に使われる薬について、
あなたに知っておいてほしいことがあります。

 

しっかりと最後までご覧ください。

 

同じ医者でも、
精神科によって薬の処方は全く異なる

 

あなたは、何件の精神科や心療内科に
行ったことがありますか?

 

1件か、多い方でも2、3件でしょう。

 

2、3件行ったことがある方でも、
前の病院から紹介状をもらっているはずです。

 

一度紹介状を持たずに
他の病院に行ってみてください。

 

そこで、あなたはびっくりすることになります。
何にびっくりするのか?

 

薬の処方が全く違ったものになります。
あなたの病気はうつ病で、
症状も変わらないのに、
薬の処方は全く違ったものになるのです。

 

気分の激しい落ち込みがあり
仕事にも支障をきたしていた方がいました。

 

いろんな医師の意見を聞きたいからと、
5つの病院に通ってみました。
その時に処方された薬です。

・パキシル、リスミー
・リボトリール
・バレリン錠
・マプロミール、チスボン錠、ユーパン、ジアゼパム、
 コントール
・ジプレキサ、テグレトール

処方はまったくバラバラだったのです。

(これの薬の強さや薬の成分は全くバラバラです)
さらに、付け加えるなら、

うつ病と診断したところが2つ、
双極性障害(そううつ病)と
診断したところが3つ。

 

病名まで変わってしまったのです。
これはどういうことなのでしょうか?

 

本人の症状は同じなのに、
出される薬はまったくバラバラなのです。
どの薬を出すかは医師の経験や考え
大きく左右されるようです。

 

医師が処方している薬の曖昧さ
気が付いていただけたでしょうか。

 

最低限、処方についてこれだけは
チェックしてください。

 

自分が処方されている薬、大丈夫かな? 
と不安に思う方もいるでしょう。

 

日本うつ病学会が、
抗うつ剤の処方について
提言しているので、
参考にしてください。

 

2009年、
抗うつ薬の適正使用に関する委員会で、
大量処方は避けるべきという注意を出しています。

 

2012年、うつ病ガイドラインに、
抗うつ剤は1種類を基本とする、
としています。

 

あなたが処方されている抗うつ剤は
どうでしょうか?

 

複数の抗うつ剤を処方されていませんか?

 

それでよくなっているのであればいいですが、
副作用に苦しむばかりで、
うつ病が改善していないというのが
現状ではありませんか。

 

 

「日本うつ病学会では、
1種類の抗うつ剤でいいと言っているのに、
なぜ、複数の抗うつ剤なんですか?」と
私は疑問に思います。

 

「抗うつ剤の種類について」

・選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)

フルボキサミン(ルボックス、デプロメール)、
パロキセチン(パキシル)、
セルトラリン(ジェイゾロフト)、
エスシタロプラム(レクサプロ)
・セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
ミルナシプラン(トレドミン)、
デュロキセチン(サインバルタ)、
ネファゾドン(サーゾーン)

 

・三環系抗うつ薬

塩酸アミトリプチリン (トリプタノール、ラントロン)、塩酸イミプラミン (イミドール、トフラニール)、
塩酸クロミプラミン (アナフラニール)、
マレイン酸トリミプラミン (スルモンチール)、
塩酸ノルトリプチリン(ノリトレン)、
アモキサピン (アモキサン)、
塩酸ドスレピン (プロチアデン)、
塩酸ロフェプラミン (アンプリット)

 

・四環系抗うつ薬

塩酸マプロチリン(ルジオミール)、
塩酸ミアンセリン(テトラミド)、
マレイン酸セチプチリン(テシプール)

 

・トリアゾロピリジン系抗うつ薬

塩酸トラゾドン(レスリン、デジレル)

・その他
スルピリド(ドグマチール)、
アリピプラゾール(エビリファイ)

 

抗うつ剤、抗不安剤、睡眠薬の副作用
うつ病の薬に副作用はあるでしょうか?

病院では副作用はほとんどありませんよ、
といわれることが多いです。

しかし、これは本当ではありません。

私自身が抗うつ剤、抗不安剤、睡眠薬の副作用に
苦しんだことがあるからです。


あなたも、薬の副作用に

苦しんでいるのではないでしょうか。

 

まず、抗不安剤、睡眠薬には依存性があります。
止めるのにとても苦労しました。

 

抗不安剤や睡眠薬をとらない状態が1日も続くと、
ソワソワ、イライラし、
気持ちが落ち着かなくなります。

 

ニコチン中毒やアルコール中毒の人と同じです。
完全に止めてからも、抗不安剤と睡眠薬を
捨てられませんでした。

 

手元にないと不安になるのです。
抗うつ剤の中で一番多く処方されるSSRIは、

 

過度の興奮、攻撃性、自殺願望が
誘発されるという副作用が問題になっています。

 

SSRIを服用することで、
一時的に脳がパニック状態になってしまうのです。

 

抗うつ剤の副作用で、
自殺をしてしまうとは、本当に悲惨です。

 

また、アメリカや日本でもSSRIを
飲んでいる人による事件
(ハイジャックや銃の乱射)が起こっています。

 

自殺や事件との関係は
完全に明確にはなっていませんが、
可能性があるということだけでも
怖いですよね。

 

「NHKスペシャル うつ病治療 常識が変わる」
の一文を紹介します。

 

「今回、抗うつ剤の副作用について
各製薬会社に取材を申し込んだが、
いずれも断られた。」

 

この一文を読んで、どういう判断をするのかは、
あなたにお任せします。

 

私は薬以外の方法でうつ病を治しました

 

私も、抗うつ剤を飲んで、
うつ病の治療を行っていた時期がありました。
おおよそ10年間飲み続けました。

 

結果として抗うつ剤では、
うつ病が良くなりませんでした。

 

しかし、だらだらと抗うつ剤を飲んでいました。

 

・・・ある出来事が起こるまでは。

 

ある日の医師との診察で、
「あなたのうつ病は一生治らない。
 薬を一生飲み続けることになります」
と突然、言われました。

 

この医者は何を言っているのだ、
と最初、理解できませんでした。

 

病気を治すために医者や病院があるのに、
治すことを放棄するのか?
と怒りに震えました。

 

一体何のための医者だ、
と悔しさと怒りとで
感情がぐちゃぐちゃになりました。

 

それからは、いろいろな心の葛藤があり
抗うつ剤の治療を止めることにしました。

 

 

それからはネットや本で
うつ病にいいと言われる
あらゆる方法を模索しました。

 

血を吐くような思いで、
最後に残された私のうつ病を治す方法を
どうしても探さないといけない・・

そういう切羽詰まった気持ちで
とても焦っていました。

 

食事(分子整合栄養医学)や運動(ジョギング)や整体、
カイロプラクティック。

 

自分で心理療法(認知療法)も勉強しました。

 

そして、ついには
「うつ病は薬を飲まなくても治る」
ということの核心をつかんだのです。

 

今では医者も薬もなく
普通の人として普通の人生を
送っています。

 

・長く薬を飲んでいてうつ病が治らない
・朝晩の逆転で朝起きることができない
・やる気が出ないので仕事に就けない
・久しく子供の顔を見ていない
・起きるのは決まって夜中である
・薬の副作用で30kg以上太った
・常に眠気がひどいので寝てばかりである
・薬を飲んでいると喉が異様に乾き便秘もひどい
・薬を飲んでいるが症状に波がある
・もう3年以上うつ病の症状に苦しんでいる

 

などなど、うつ病の症状に
苦しんでいるあなたに
ぜひ見て頂きたいこの
「私がうつ病を治した方法」

 

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長々とお読み頂きありがとうございました。

れい子

カテゴリー: うつ病を治す方法 | 2件のコメント

あなたのうつ病は簡単な「思考と感情のコントロール」で治り始めます。

※「私がうつ病を治した方法」無料レポートの請求方法は
ブログ末尾に記載されています。

こんにちは。れい子です。

私はうつ病を10年患い、
働き盛りの40代を無駄に過ごして
しまいました。

しかし、3年前にうつ病を自分で治し、
今は、日々、健やかで健康的な生活
過ごせています。

うつ病の時は毎日が辛くて
いわゆる普通の生活ってものが
全然できませんでした。


あなたは今うつ病で日々とても
辛い思いをされていると思います。


そんなあなたは・・・
きっとこんなことを願っているかもしれません

・毎朝、ちゃんと決まった時間に
起きることができないので
なんとか規則正しい生活がしたい。

・ちゃんと夜は寝て、朝は起きて
満員電車でも頑張って通勤して
元気だった時のように仕事をしたい。

・久しく子供や家族の顔を見ていない。
一家の主人として子供の成長や夫婦の会話
楽しんでいきたい。

・休みの日には子供とキャッチボールをしたり
好きな釣りに行ったり、DVDを借りて映画を
見たり家族の団欒を楽しみたい。


・数え切れないほどの薬の量をもう1年以上

飲んでいるけれど、一向に体調が良くなるどころか
症状に波があってひどく辛い日があるのを
なんとか無くしたい。


・自分にだって悩みがあるんだけれど、

話せる相手もいないし、かと言って
自分では解決できず悩んでばかりいるので
心から安心できて相談できる人がいればなあ・・。


・細かいことにクヨクヨする性格で生真面目なので

仕事もテキパキとできなかったが、
性格を改善して有意義な仕事ができるように
なりたい。


・人前に出ると頭が「カッーっと」なって

プレゼンなどが苦手でできなかったが
自分に自信を持って人前でもなんでも
できるように性格を直したい。


・体が凄く緊張しているせいか

歯を食いしばっていたり、肩や首が
凄く辛い時があるので、もっと気分を
ゆったり持って過ごしていきたい。


全く何もする気が起きない時がほとんどで

病院に行くのもやっとだし、テレビや映画や
雑誌などもほとんど興味がなくなってしまった
早くうつ病を治して普通の生活がしたい

そんなあなたの心の叫び・・
私にはよく分かります。

だって私もそうでしたから・・

自分に自信がなくて仕事をうまく進めて
行けなくて、人との会話も避けてしまい
当然、うまくいくものも行かなくなる・・


今日はうまくやろうと思って
会社に行くのだけれど


上司からは仕事を山のように積まれ

毎日毎日、残業で午前さま。


やればやるほど仕事はどんどん増えていき

自分が能力ななくて容量が悪いって
わかっているけど、どうにもできない日々。

 

スムーズな仕事ができない自分に
嫌気がさし、「なんでできないんだろう」
と落ち込むこともしばしばで・・・

ともかく頑張りが足りないんだと思い
長い時間をさいてまで頑張り続けるのだけど
結果はいつも同じ。全くやっている意味がない。


まだ起きてもいない未来や将来の不安

常に心の中に浮かんできて、
「ああ、こうなったらどうしよう」


といつも考えがネガティヴ
悪い方へばかり考えてしまう・・

どうしても前向きになれない。


うつ病になってからは「何もする気が起きない」

そんな日々が続き、テレビも本も何もかもが
うるさく嫌になってきて、
生きていても仕方がないと思う。


私もずっとそんな状態で
もがきにもがいて
ずっと苦しんでいました。

苦悩

あなたのうつ病の原因も
きっとそのようなことでは
ないでしょうか?


それでも「会社の期待に応えたい」

なんとか頑張ってはいたのですが

うつ病は本当に根深い病気なので
なかなかまともな復職ができませんでした。


さらに、頼りにしていた精神科医からの
「あなたのうつ病はもう治りません」の宣告で
どん底に突き落とされてしまい

「生きていても仕方がない」と真剣に
悩んでいた時期もあります。


そんなどん底に落ち込んでしまったにも関わらず、

今、こうやって


無事に記事を書いていることができるのも

「うつ病克服方法との出会い」があったからに
他なりません。


私は医者から「治りません」と宣告されてから

自力でうつ病を治す方法を見つけ
3ヶ月かけて完治しています。


そこで今回は実際に

「私はうつ病をどうやって治したか」
「私がうつ病を治した方法とは?」
についてお話します。


私は一番最初に入社した会社で

初めての上司を2人持ち、

「仕事とは何か」から始まる精神論的な心構えから
細かいお客様への「配慮」「対応」「販売」など

本当に至れり尽くせりの内容を教わったおかげで
私も仕事が凄く好きになっていきました。

転職した会社でもそれがしっかり役に立ち、
「仕事に対する精神論」を守り、
初の
女性「スーパーバイザー」に就任したのです。


良い上司とも巡り会えたこと

会社の成長が昇り調子だったことも
私には全てプラス要因として働いたのです。


仕事が終わらなければ

土日も休みなしで出社していましたし、
「しっかり仕事をするのは社員として当然」
だとも思っていました。


でも・・・


確かに順調だったのは最初の7年ほど。

だんだんと会社や社会の状況が
時代の流れとともに変化していったのです。


東京都内の営業所に転勤になったのを
きっかけに、

私の考えは本当に甘かった
ことを
後々気がつくことになるのです。


通常の勤務時間は
どんどん長くなって
毎日毎日、残業の日々、
帰るのは必ず終電になっていきました。


しかもなかなか私の意志が上司に伝わらず
ほとんどが空振りの仕事
「自分の仕事の進め方が悪いのか?」
どんどん気持ちが落ち込んでいきました。


仕事がはかどらない中での残業は本当に苦しみ
で、
もがけばもがくほど仕事は思うように進まず
最後には土日も出社して仕事をするように
なっていきました。


「自分は無能」「仕事の能力なし」

と、何もできない自分との心の葛藤で
苦渋の奈落の底へ落ちて行ったのです。


こんな勤務体制から離れたい・・

もう私の負けだ・・
これはやりたい仕事じゃない・・


果てしない絶望と体調不良で病院へ行くと

診断された病名は「うつ病」でした。


その頃はまだ私は

「ちょっと疲れただけ」
「少し休めばまた働ける」
自分を過信していましたが、


2、3か月しても仕事に集中できなかったり

自分の考えがまとまらなかったり、
普通に朝起きることができなかったり、
夜にまったく寝れなかったりなどの


うつ病の症状

どんどん進行して行きました。


結果は「ちょっとだけの体調の不調」ではなく

私の人生の大事な働き盛りの40代を

根こそぎ奪って無駄にするくらいの
長い闘病生活の始まりでした。


来る日も来る日もベッドで寝たきりの生活。

暗い感情と何も全くやる気が起きない状態。


入院を必要とされて処方された薬で

40kgほども体重が増加
さらに不調になったり、


眠気が一日中私を襲ってきて

朝はちゃんと起きれず、
目が覚めてみると夜中だったり

まともに起きれても日中の突然の眠気が襲い
起きていることができなくなったり、

うつ病の苦しみ+抗鬱剤の副作用=普通の生活ができない

そんな図式を実感しつつも
「薬さえ飲めさえすれば治るんだ」
私は信じて疑いませんでした。


小さい頃から病気は医者と薬が治してくれるもの

だと思っていたので、医者の言う通り

入院もしたし、薬も真面目にちゃんと

飲み続けました。

しかし・・・

それでも疑わず通院と服用をし続けていましたが、
「うつ病を治してくれるはずの医者」に

「あなたのうつ病はもう治らないから」と言われ、

気持ちが動揺し、それから何週間も
ずっと医者からの「治らない」
悩み続けました。

誰かに相談して話を聞いてもらいたかったのですが
相談相手もいなかったので

1人でずっと頭からその医者の言葉を思い出しては

さらに絶望への泥沼にはまっていきました。

10年間もの長い間の辛い症状が
また一生続くのか・・と思うと

どうにもこうにも心のやり場が

なかったのです。

私は生きている意味がなくなったので
死ぬことを考えるようになりました。

当時、猫を5匹飼っていました。


困ったのはこの5匹の猫たちでした。


この子達を道連れにはできなかったのです。
私の闘病中に一緒にいてくれた猫たちです。


十分な愛情をかけてやれなかったのにも関わらず

どんなに私の励みになったか数え切れません。


最後まで面倒を見てあげたかったのだけれど

力尽きてしまった私は、

ネットで猫の里親探しの法人団体のことを

調べ始めました。


次の飼い主さんを見つけたかったのです。


その理由で

パソコンを開くことが多くなっていったのですが、

何気なく「うつ病に関する記事」

検索して見ていました。


するとうつ病を苦労して治した方のブログや

アメリカの精神医学の報告、

簡単なリラクゼーションや効果的なヒーリングなど

本当に色々な話題が目につきました。

「うつ病の治療法」という記事の中には
実際には役に立たないものも多々ありましたが
興味がそそられるものも見つけられました。


総治療費は1000万ほど
アメリカの磁気療法や

1回何万円もするセミナーや
ヒーリングの伝授など

かなりのお金を使って
色々な方法を試しました。

私の知らなかった治療法が他にも色々あり
普通に病院に通うだけが治療でもなかったな
気づいたのもその時です。


「あなたのうつ病はもう治らない」と医者に

宣告されたなら、他の方法色々調べてみよう
という希望も湧いてきたのです。

ネットや本で色々調べて
「これはいいかも!?」と思ったものを
片っ端から手をつけていきました。


ヒーリングセッションは「何か変わったかも?」
と多少思ってもどこか宗教色が強くて
信じ切れない私には効き目がなかったり、

他にも有名なパワーストーンの先生に頼んで
高価なブレスレットを作り身につけてみたり、


カナダから「精神的疾患を治す先生」がくると

セミナーに参加したりもしました。

「あなたのうつ病はもう治らない」と宣告されてからの
1年はそんな試行錯誤の手探りで

色々な方法を試しましたが、これと言った効き目はなく

残念ながらどれも効果がなく終わって行きました。

でも、
「どうせ医者が治せないならできるだけやろう」と思い、
その後も色々と情報の収集を続けました。

それと同時に「うつ病に効果的」とされる
自然とのふれあいも少しづつやって行きました。


「あなたのうつ病はもう治らない」と宣告されてから

1年半くらい経ったでしょうか。


久しぶりに新聞の番組表で「うつ病治療最前線」

というアメリカの特集があるのを見つけました。


これは見つけたのはたまたまだったのですが

以前からアメリカのうつ病治療に興味があったので

ちょっとした手応えも感じながら

さっそく時間に合わせ録画もセットし、待機しました。

現地のレポートから始まり、
実際にうつ病を完治させたアメリカ人の動画、

その方法に対しての日本の精神科医のコメントなどの

盛り沢山な番組内容でした。

驚いたことにその「うつ病を完治させる方法」
小学生でもできるような本当にとても簡単な方法
実際のやり方までも正確に放送されていました。

私は今まで色々な方法をすでに試していたので
見た瞬間「これは画期的な方法だ!」と直感しました。

そしてその番組を見た直後に
その方法をすぐやってみました。


最初にやってみた時の感触は

「本当にこんな簡単でいいの?」
だったのですが、


でも実際一回やってみると


今まで心の奥底にこびりついていた

「なんとも嫌な感覚」が
すうーっと軽くなっていました。

自分の肩にかかっていた重圧が
解かれるように「ほっ」と軽くなったのです。


その軽くなった感触は今でもはっきり覚えています。


たった一回やっただけで

驚くような効果だったので
本当にびっくりしました。


更に驚いたのは気分が凄く安心して寝れたことや

翌朝の目覚めが快適でスッキリしており

「あれ?今日はいつもと違うな?」

思えたことです。

それはまさに久々の感触でした。

それから私はその簡単な方法を
毎日、寝る前にやってみました。

やった後には「いつもと違う」
というような感触があり

少し頭がスッキリした感じ

翌朝の目覚めも最高によかったのです。

途中、多少の気分の波はありましたが
軽い気分転換や美味しい食事などで乗り切り

夜はその方法を毎日やって寝るということを

1ヶ月ほど続けました。

すると・・1ヶ月後には
ほとんど「うつ病の重々しい抑圧感」が
なくなってしまったのです。

あんなに辛かった気分の落ち込みが無くなり、
朝の目覚めもすっきりできるようになり、

その後の2ヶ月で完全にうつ病が治ったことを

実感するまでになりました。

今まで全てが億劫で「何もやる気が起きない」から
どうやったらやる気が出るのか?に
いつも悩んでいましたが、

やる気の無さはうつ病が治れば
自然に改善されるものだとも
わかってきました。

取り組み始めてから3ヶ月目には
気分が落ち込む日がなくなってきて

ついには「もう大丈夫!」

思えるようになっていました。

今までの辛かった10年間は一体何だったんだろうと
自分の運命を悔やむ気持ちもありましたが、

最終的にはうつ病が治ってしまった
ので

感謝する気持ちが溢れています。

普通にスーパーへ買い物に行けたり
朝にすっきりと起きれたり
掃除や洗濯などの普通の家事など、

今までできなかったことができるようになった
のです。

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当たり前の普通の生活ができるようになったこと
本当に嬉しくて仕方がありませんでした。

Nature1-011

病院でもらう薬には
「脳に働きかけて不快な症状を軽減する」
「不安を取り除い睡眠を促す」など
いろいろと効果が書いてありますが、

実際、飲んでみると、

「一日中眠い」「朝晩の逆転」「頭痛」
「体が重い」「便秘」「肥満」「高血圧」など


効果が消されてしまうほどに

重い副作用がやってきます。

それも我慢していつかは治ると信じ服用しても
(もちろん治る方もいるとは思います)が、
私のように10年以上かけても治らない場合もあります。

でもこの簡単な方法は
人間の思考に働きかけ自然治癒力を利用しており
眠っていた治る力を取り戻すという
やり方です。

うつ病は会社や環境に追い詰められて
発症する病気ですが、

うつ病にならない人を調べてみると

思考回路が根本的に違うことがわかります。

これを踏まえた上で
うつ病を治す段階で大事なことは、
自分の「思考回路を変える」ことであり、

さらに再発しないためにも
根本的な思考の改善を必要とします。

この方法をやると自然と性格がおおらかになったり
今までのマイナスの考えが消えて行ったり
作用があることに気づきます。

それは自分で自分の
「思考」と「感情」をコントロールできるようになる
ということになります。

この方法で
今まで全て悪い方へ考えがちだった負の思考も、
どんどん勝手に湧いてきた嫌な感情も、

全てコントロールすることができる
ように
なりました。

今後、何かのトラブルで圧力がかけられても
自分で改善することができる自信もあります。

私は1日10分だけの簡単な方法
自分の「思考」と「感情」をコントロールすること
できるようになったということです。

この方法で他にもうつ病を克服した後輩がいます。
埼玉の営業所だった時の後輩もその一人で
1年ほど前にうつ病で入院したと耳にしました。

地方に転勤になってから中間管理職に昇進しましたが
上からの締め付けと心の拠り所がない孤独感から
ストレスが高じて病気になったようでした。

入院している病院へお見舞いに行くと、
痩せ細って青白い顔をした後輩が
ベッドに横たわっていました。

影もないくらい痩せこけて
本当に苦労したんだなと
可哀想な状態でした。

「もう自分の人生を終わりにしたい」・・・

いつか苦しみから逃れられると信じて
会社の言う通りに働いてきたけれど
自分は負けてしまったと情けなさそうでした。

「私も医者から見放されたけれど
ある方法で治ったよ」
その方法を教えることにしました。

やり方をノートに分かりやすく
箇条書きに書いて渡しましたが、

正直、後輩があまりに衰弱してしまっていたので
それが治す方法だとわかっていても

実際にやるだけの気力があるかな・・?

心配ながらも病院を後にしました。

しかし、2ヶ月ほど経ってから
その後輩から連絡があり
「退院ができた」というのです。

後輩は私が渡したノートを見てみると
その方法があまりに簡単だったし、

一回10分程度なら・・と思い
億劫に思いながらも頑張ってやってみたところ、
私と同じような即効性があったと言うのです。

毎日続けているうちにうつ病に悩んでいた自分が
段々とバカバカしくなってきて、

会社の仕事が重荷だったことも忘れて行ったと

話してくれました。

お見舞いに行った時の衰弱しきった様子はなく、
すっかり元気を取り戻した後輩は

「これからは自分と家族のために働く」
と自信満々の様子でした。

あれから2年経ちましたが、
後輩は再発もせず元気にやっている
ようです。

どうしても治したい!と強く信念を持てば
自ずと道は開けるということかもしれません。

「思考」と「感情」は
自分でコントロールしようと思っても
簡単にできるものではありませんが、

その1日10分の方法をすること
然にコントロールできる力
つけてくれるようになると実感しました。

治すことができたのは
私や私の後輩だけじゃありません。

あなたもこれからちゃんと普通の生活を
取り戻すことができるのです。

あなた自身、もううつ病を治したいと
心から願っているはずです。

あなたは会社の仕事の犠牲になり、
普通の生活さえも奪われてしまいました。

それでも頑張って会社のために
働いてきたのです。

あなたはもう十分に苦しんできたし、
自分の役目もちゃんと果たしています。

薬を飲み続けても改善できなかったうつ病を治して
あなた自身の普通の生活を取り戻す時期がきたのです。

今度はあなたの番です!

最初は贅沢はできないかもしれないけれど
ちゃんとまた働くことができるようになり、

夕食の団欒でテーブルを囲み
お子さんの話を聞いたり、
くだらないけれどお笑い番組で盛り上がったり

週末には一家でスーパーへ買い出しに行ったり、
好きな車をピカピカにしたり
お子さんとのキャッチボールや、

たまには家族旅行でドライブをしたり
温泉に行って露天風呂に入ったり、

今までできなかったこと
またできるようになります。

あなたの次のステップは
「うつ病を治すこと、

もうちょっと手を伸ばせば
「うつ病を治す」ことが
できるところまで来ています。

十分に苦しんだあなたには
うつ病を克服して

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私は心から思っています。

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最後までお読みいただきありがとうございました。

追伸:「うつ病を治した方法」をブログでアップすることも
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一般的に流通してしまうことを恐れて、
あなたのアドレスに直接お送りする方法を選びました。
どうかご理解賜りますようお願いいたします。

reiko okada

カテゴリー: うつ病を治す方法 | 8件のコメント

岡村隆史がうつ病を克服したことに考える

【岡村隆史がうつ病を克服!】

今日は「ナイナイの岡村隆史がうつ病を克服」をテーマに書いてみたいと思います

ナイナイの岡村隆史が、うつ病と呼ばれている、精神疾患の病気を
克服されたと告白をされています。
岡村隆史は2010年6月に、体調不良で休養すると発表し、
同年11月までこの病気で休養していました。

ここでまずは、岡村隆史さんのプロフィールを簡単に載せておきましょう。
生年月日は、1970年7月3日、
出身は大阪府大阪市東淀川区、身長は156.5cm、
血液型はB型、所属事務所は、お笑い界では有名な吉本興業です。

岡村隆史は、高校時代は、サッカー部に所属していたそうで、
サッカー部の一年後輩の、矢部浩之に誘われて、お笑い芸人を目指したそうです。

お笑いコンビ、ナインティナインのボケ担当をされています。
うつ病を克服した岡村隆史の画像.png
芸人としての活躍は、皆さんがご存知のとおりですが、
2010年5月頃から体調不良が続き、7月から仕事を半年間休養し、
その後は病気のため、うつ病の症状克服に努めたそうです。

その頃には、芸能界を、ほんとうに辞めようと思ったほど症状は深刻だったようです。

岡村隆史は、人見知りをする性格で、タモリからも、
あまりにも人見知りが激しい岡村隆史に、その性格をなんとかいしろと、
つっこまれたことがあるほどだと言います。

かなりの人見知りであるのですが、カメラ前では視聴者を楽しませる、
あのハイテンションで、多くの笑いを提供していますが、
カメラから離れた後は、別人のようにおとなしくなると言われていて、
岡村隆史の中でも、テンションの落差が非常に大きいそうです。

こういう状態を別の言葉で言えば、生き方がすでに躁うつ状態ともいえます。

ちなみに、明石家さんまは、テレビで見るテンションと、
私生活でのテンションに差が全くないと言われていて、
つねに躁状態であるという指摘もされています。

うつ病を告白されている岡村隆史は、すでにこの病気を
克服をしたといいますが、先ほどの様子から考えられるのは、
うつ病の中の「躁うつ病」という症状が、
普段から岡村隆史の中に潜んでいたというものです。

カメラの前ではハイテンション、
カメラから見えなくなると急におとなしくなる。

岡村隆史は、繊細な性格ゆえに、物事を真面目に捉えすぎて、
うつ病を発症した可能性もあるのではないでしょうか?

現代では、うつ病の人はとても多いそうですね。

特に真面目な人がなりやすく、心が風邪を引くという表現もされているほど、
多くの人がうつ病という病気になりやすいようですが、
実はこの記事を書いているわたしも、
うつ病の症状を抱えており克服してきました。

岡村隆史がうつ病の中の、躁うつ病であるのでは?と
考えられるのは、この躁うつ病が、気分が高まったり、
落ち込んだりという躁状態と、うつ状態を繰り返すからです。

躁うつ病は一般的に、双極性障害といいます。
岡村隆史のような有名人だけではなく、
一般人でも有名人でも、誰にでもかかる可能性があるうつ病の症状です。

およそ100人に1人かかると言われていて、
躁うつ病にかかる人は男女差はありません。

20代から30代前後に発症することが多いと言われ、
若い人や年配の方と、幅広く患者がいるといわれています。

この、岡村隆史も当てはまる躁うつ病、双極性障害とは、
激しい躁状態と、うつ状態がある双極Ⅰ型と、
軽い躁状態(軽躁状態)と、うつ状態がある双極Ⅱ型に分かれています。

岡村隆史がうつ病だったと話していますが、このうつ病と双極性障害は、
違う病気であるといいます。

うつ病は気分の落ち込みや、不眠などのうつ症状だけが見られる病気なのですが、
双極性障害は、躁状態とうつ状態が入り混じっている、
いわゆる混合状態となることもあり、複雑な症状であるといいます。

それでは、躁状態とうつ状態の違いについて見ていきます。

まずは躁状態から

◎ エネルギーにあふれ、気分も高まっている

◎ 怒りっぽくなる

◎ おしゃべりになる

◎ 元気になった気になる

◎ 急に偉くなったような気になる

◎ なんでも出来る気になる

次にうつ状態

◎ 死にたくなる

◎ 何も手に付かない

◎ 疲れやすい

◎ 寝てばかりいる

◎ 気分が落ち込む

◎ やる気が起きない

◎ 楽しめない

そして、この病気の症状は、診断がとても難しい症状であると言われています。
岡村隆史のように、うつ病の症状を訴えて受診した患者の中に、
この躁うつ病(双極性障害)が含まれているというデーターもあります。

うつ病で受診した患者の16%が、診断後、
双極性障害だったと判明するケースも多くあり、
病気としてうつ病と一口にいっても、様々な症状があるようです。

岡村隆史も告白をしているうつ病などは、
心身ともに健康な方には理解されにくい症状でもあります。

わたしも、初めは周囲からまったく理解されなくて、
甘えているんだ、怠け病だと言われてしまいまして、
悲しい思いをしたものでした。

動きたくても、自分の思うとおりに、心も体も動かなくなってしまうという
悪循環の中で、怠け病だと言われることでさらに傷ついていき、
どんどんうつ病は深刻化していきました。

決して、理解出来ない周囲の人に問題があるわけではなく、
うつ病などの症状は、経験してみなければ理解できないものでもありますから、
誰が悪いわけではありません.

わたしも、働きたいのだけれど、パニック障害の、
パニック発作が出てしまうので、結局、
当時頑張って働いていたアルバイト先も辞めることにして、
病気と向き合いながら、症状克服に専念するしかなかったのですが、

5ヶ月間休養をされた岡村隆史は、うつ病を克服するために、
休むという選択に、かなり葛藤されたそうです。

そのお気持ち、経験者として、ほんとうによく理解できるものでもあります。

うつ病を抱えるほどのストレスは、自分が自覚できないほどの負担を、
心身にかけていたのだと、今ならよく理解できるのですけれど、
当時はそれに気づくことができずに、

闇雲に頑張ればなんとかなるという思いで、頑張ることをやめられずに、
さらなる負担を自分にかけていたようです。

私自身も経験がありますが、当時は、うつ病という症状自体が、
社会的に認知されていなかった時代だったため、
家族には、なんと!「気合で治せ」っと発破をかけられ、
途方にくれたものでした。

え?こんなに頑張ってやってきたのに、こうなっちゃったんですけど、
さらに気合を入れるんですか?と、
心の奥底で、強いツッコミを入れつつ、当時は言葉にすることが出来ず、
どうしようと本当に孤独だったことをよく覚えています。

うつ病を克服した岡村隆史さんも、もっと頑張らなければと思っていたそうです。

そうやってさらに自分を追い込んで負担をかけることで、
症状はどんどん膨らんでいったそうです。

岡村隆史も、真面目な性格だそうですが、お笑い芸人であり、
忙しい仕事や、様々な責任がのしかかってくる重圧、さらに仕事柄
不規則になりがちな生活スタイルや、食生活なども関係して、

様々なことが絡み合っての発症となった可能性はあるのではないでしょうか?

日本では、生涯に一度はうつ病という病気になる人は、
15人に1人いるそうです。

そして医療機関にかかっている、うつ病患者の数は、
なんと100万人以上もいると言われています。

さらに、厚生労働省が行った調査では、
わたしもその中のひとりなのですが、
医師を受診していないうつ病患者は、4人に3人と、
このような数字が出ているようです。

お薬を飲みたくないとか、医者通いをしているのを周囲の人達に、
病気だと知られたくない、などと恥ずかしく感じる思いもあって、
受診をされない人も多いようです。

うつ病を克服する人ためには、ひとりひとりに
違ったケアの仕方が必要となるようです。

悩みは人それぞれですからね。

すでに克服されていますが、うつ病だった岡村隆史のように、
真面目なタイプの人ほどなりやすいのは、
やはりどこかでストレスを発散する生き方が、
真面目さゆえに難しい部分があるようです。

自身のことを振り返っても、真面目というか繊細というか、
様々なものを気にしすぎる傾向が強かったのだなと理解できています。

もともと日本人は、うつ病気質を強く持っているとも言われています。

わびさびという感覚を持っている日本人ですから、
とても繊細で、自然とともに共存して生き抜くために
発達したと言われている、鋭い感性が
うつ病の元にもなりやすいのかもしれませんね。

うつ病とは奥の深いものでもあるのですね。
2010年6月から、岡村隆史がうつ病で休養をしたとき、
夜は9時消灯だったと言います。

2014年現在も続いている、ナインティナインの
オールナイトニッポンの放送時間が近づくと、
「ああ始まるなぁ」と思っていたと言います。

しかし、休養しているため「仕方ない」と自分に言い聞かせ、
9時消灯で仕方なく寝ていたようですが、12時頃には目がさめ、
ラジオが始まる1時が近づくと、ああ始まる・・・と、

また思いながら、悶々としながら休養していたと
ラジオで笑いながら話しています。

ちなみに、うつ病がひどくなった時期の私も、
同じように朝がくると、これまで働いていたのに、
動けなくなった自分を持て余しながら、

「ああ、今日も同じ1日が始まる」と思い、
悶々としながら、目の前の症状を、
どうやって解決したらいいのかに、ほとほと悩んだものでした。

先ほどの、岡村隆史の言葉からも、
うつ病を発症するまで頑張るほど、仕事をこなしていたことは読み取れます。
本当に日々、がむしゃらに仕事をし続けていたのでしょう。

そんな忙しい日々の中で、段々と岡村隆史の中で、
抑えきれなくなるように、ある症状が現れ始めたといいます。

休養する前、岡村隆史は、うつ病のような症状をすでに出しながら、
楽屋でテーブルに腰掛けて、いきなり相方の矢部浩之に向かって、
「相方お金ない」と言い出しました。

財布を出して、お金がこれだけしかないと、不安がるように訴え、
お金がない、お金がないと繰り返す岡村隆史、
コントなら面白いのですが、岡村隆史本人は、
本気でお金がないと思い込んでいたと話します。

これは、財布の中身しかお金がないと思い込んでしまったと、
後になって笑い話にしていますが、それがきっかけとなり、
周囲が休ませようと決めたそうです。

お金ない、お金ない、岡村隆史は、念仏をつぶやくように
そう繰り返すのですから、周囲も「やばい・・・」と思ったのでしょう。

その後、今度は自分の匂いが気になってしょうがなくなり、
相方に「オレ臭くない?」と繰り返し聞くようになりました。

その頃から、体力が落ちているのが自分でも分かっていたといいます。
電話を取る手ですら重く感じられ、しんどかったと話しています。

これはうつ病という病気の症状の、特徴的なものです。
とても身体が怠く、重く感じるうつ病患者は多いと言われています。

休養してからは、煙草もやめ、健康的な生活を送るようになった岡村隆史、
その後、うつ病治療をし、克服を目指していた頃、
マネージャーがやってきて、
ハーゲンダッツのアイスクリームを持ってきてくれました。

元々甘党ではなかった岡村隆史、ストロベリー味を食べた途端
「すげぇー旨い!」と言いながら、次々アイスを食べ続けたといいます。

これらは、経験者の私の個人的な見解となりますが、
それまで甘いものをほとんど食べたことがなかったと岡村隆史が話すように、
体と心の大きなブレが、うつ病という病気を出すことで、
バランスを取り戻そうと働いた、自然治癒力が関係しているのではないかと、考えられるのです。

それまでの人生で、うつ病になるなんて、岡村隆史本人ですら考えたこともなかったでしょう、それほど実は、なにかに偏った生き方をしていたために、まるでその偏りを整えるように、自然治癒力が発動し、辞めた煙草の代わりに、甘いものを補うことで、

うつ病という症状を出しながら、それらを克服しながら、
心身のバランスを整えるために、アイスクリームにはまっていったと考えるのは、
とても自然です。

忙しい日常の中で、仕事仕事、そして仕事・・・
自分を甘やかすようなことはあまりせず、
偏った食事や生き方や生活スタイルを続けていたために、

うつ病という病気を発症させることで、これバランス悪いよと、
身体が教えてくれたのだと捉えれば、
実は岡村隆史にとってうつ病は、
有り難いブザーのようなものでもあったと考えられます。

うつ病で休業する前の岡村隆史は、自分の匂いに非常に敏感になり、
自分は臭いのではと思い込んでしまわれたり、
お金があったとしても、働かなければお金がなくなるという
恐怖心に怯えて、うつ病が深刻化していったようですが、

これは先程も書いた、自然と共存して生き抜いてきた、
日本人の先祖が経験してきた、
DNAも絡んでの症状であるのかもしれません。

繊細で匂いに敏感でなければ、自然を相手にしながら
生き抜く強さは育まれませんから、うつ病とは国土に根付いてしまった、
感性でもあると表現出来るのではないでしょうか?

(外国人だってうつ病になるじゃないかと、ツッコミが入ること前提で書いています)。

シンプルでなければ生き抜けなかった先祖たち、現代人は、
便利な暮らしの中で、そういう先祖たちの持っていた繊細な力を、
うつ病という形で表現し、心を追い込むことによって、

再度、私達が本来持っているはずの、とても繊細な力
(お互いを思いやる心)を、バージョンアップさせているのかもしれませんね。

そして便利な世の中で育ち、生き方を、
ひとつに決めつけられてしまったわたしたちは、
本来なら沢山の側面を持っているので、一概にこの人はこうだと

決めつけられないのですけれど、社会生活を営むうえでは、
無理をしてでも、頼される人間を演じなければならない部分も多く、
ときにハメをハズしたくても、岡村隆史のような真面目な人ほど、

どうやって気を楽にすればいいのか、考えれば考えるほどわからなくなり、
思考の迷路にはまりこんでしまいがちになります。

うつ病だった岡村隆史も、病気を発症して克服していくプロセスの中で、
どこかでもういいやって、自分を開放してあげようという意識が
湧き上がってきたそうです。

これは、周囲の人の助けもあったから、気づけたものでもあるのでしょう

岡村隆史にとって、相方の矢部浩之が、病気を理解しながら
受け入れてくれて、休養するためのフォローをしてくれた態度などは、

うつ病を克服していくために、心理的に、とても助けになったのではないでしょうか?
周囲の人の態度ひとつで、うつ病の症状は、どんどん楽にもなっていくものです。

そして克服していく力にもなるものです。

人を追い込めるのも人、人を包み込めるのもまた人なのですよね!

先程から書いている、うつ病で休養し、
この病気を克服した岡村隆史が、休養前に話していた言葉が気になります。

「お金がない、お金がない」という、念仏のように唱えたあの言葉です。

これは、貧困妄想と呼ばれるもので、実はうつ病の症状だと言われているものです。

うつ病の症状は、細かいものでもありますから、
人によって様々なケースがあるようです。

うつ病の症状のひとつ「貧困妄想」は、
文字通り貧困であるという妄想に、取り憑かれてしまうという症状です。

岡村隆史も、実際には銀行に行けばお金はあるはずなのに、
お金がない、お金がないと、財布の中のお金だけを見て、
そうつぶやき続けていたといいます。

貧困妄想となると、実際にはお金があるにも関わらず、
貧困であると思い込んでしまう、うつ病の症状です。

この原因は、脳の一部の血流が著しく低下していることであると言われています。

そのため、気分の落ち込みがひどくなり、
うつ病の症状が出てくると言われています。

普通は、この貧困妄想から、この人はうつ病なのでは?と気づいたり、
見つけることは難しいと言われています。

脳の機能が低下することで、自分の持っているお金を、
きちんと認識できなくなることで起きると言われる貧困妄想、
岡村隆史は、すでにお金がないと念仏を唱えるようにつぶやいていた頃から、
脳の機能が低下していたと考えられるようです。

実は、うつ病になると3つの妄想を起こすことが多いと言われています。

◎ 貧困妄想

これは、無事、うつ病を克服して、
病気を笑いにしながら仕事を続けている、岡村隆史が起こした妄想

◎心気妄想

これは、自分は病気ではないかと思い込むものです。
頭が痛いだけで、脳梗塞では?と心配したりする・・・

◎ 罪業妄想

自分は罪深い存在なのではないかと思い込み、深く落ち込んでしまう状態です。
数年前に落ちていた、拾いものを拾ったために、
自分は逮捕されてしまうのではないか?などと妄想してしまうもの。

この3つを総称して、微小妄想といいます。

何故そうつけられたのか?

自分は小さい存在であると思うところから、そうつけられました。

この3つの妄想全部が出てきた場合・・・
すでにその人は、重度のうつ病であるそうです。

人生生きていれば、色々と考えこんだり、ふさぎ込みたくなる出来事は
起こってきますが、このような、普通ではないほど自分を追い込む妄想が出てくると、
注意どころか、なにかの対処をしなけれなりません。

うつ病になる方には、様々な背景があるかと思います。

そしてうつ病を克服するために大切なものは、人それぞれなので、
一概にどうこう言えるものではありませんけれど、
うつ病などの症状を克服するために、わたしがやってきた経験も含めて、
これからこのブログで記事を書き綴っていきたいと思います。

人間には、感動できるという優れた感情がありますが、
うつ病になると、これらを感じることが、
とてもむずかしくなってしまいます。

何故なら、なにもかもが、八方塞がりに思えて、
周囲のどんなことにも、興味が沸かない状態となっているからでもあります。

岡村隆史が抱えた、うつ病という病気は、
医学的にはどうこう言えるのでしょうが、個人的経験から、
非常に、感性が鈍感になっているとも言えるのです。

そのため、多くのことに感心が向かず、
まるで重箱の隅をつつくような考え方をしてしまい、
さらに症状が悪化していることに、本人すら気づけません。

個人的にもそうでしたが、自分が何に囚われ、
そして追い込まれているのかすら、理解できなかったのですが、

克服していくプロセスの中で、自分にとって、うつ病が一体どんなものなのかが、
徐々に明らかになっていき、どれだけ、本来の自分の感覚から、
私という存在がぶれていたのかを、痛感させられてきました。

社会に合わせて、どんどん自分を取り繕って、
本当は嫌なのに、あははと笑顔で請け負ってみたりする中で、

どんどん、自分の本心からずれていったことで、
大きくバランスを崩してしまった経験から、岡村隆史が、
あのタイミングで、うつ病という病気と向き合え、克服出来たのは、
実はとてもラッキーだったのだと、個人的には思います。

症状が出る、病気になる、そのことで、人生を一旦休憩して、
自分は一体何がしたかったんだっけ?と、問い直し、
見つめ直せる時間をいただけたと考えれば、

悲観することも、うつ病になったことを、
ネガティブに捉えることもないと、経験者としては思います。

人生の途中で、一旦乗っていた電車を降りて、
周囲の景色を楽しむ時間がいただけたのだと考え、
静養しながら克服することも、後に違った人生展開へと
繋がるのでは?と、個人的に思います。

あなたの心が辛いなら、それが正直な本音!ならば、
そこから抜け出すために、できる事をやっていくしかない、

辛い=やりたくないのに、それを続けていくなんて、
自分が可愛そうだと、私も悟った時に、少しずつ回復の糸口が見つかっていき、
克服することが出来ました。

岡村隆史が抱えたうつ病を、現在も抱えて、病気なんだと
ネガティブに考えて、自分を追い込んでいる人も、いるかもしれないけれど、
違う、あなたは自分に、正直に生きようとしているだけなんだよ。

そう、克服した経験者として、お伝えさせてください。

うつ病は、甘えでも怠け者でもない、自分が被った、
社会的な人間として生きてしまった部分の、殻を破っただけなんだと、
そういう見方をしても、いいのではと思います。

これまでの社会システムは、知性を重要視してきましたが、
脳科学の研究が進んだお陰で、これらが解決の方向に向かっていることで、
人間のうつ病は、増えたのではないかと、個人的に思います。

何故なら、本来人間は、とても豊かな感受性や感情を持っている、
素晴らしい存在でもあるからです。

実は、人工知能は現在、グーグルなどが積極的に開発に関わって、
どんどん発達していますが、1990年代に、脳科学の世界で、
それまでの脳の捉え方が、基本的に間違っていたことに、

研究者達が気づいたため、人工知能の研究は、
一度止まってしまったそうです。

コンピューターは、人間の脳を超えて、情報処理が出来るため、
一時期、これらが人間を越えていくのではと、恐れられた時期があったようです。

映画などでも、これらの表現がされたものが、数多く作られましたよね?

例えば「ターミネーター」など、ロボットが人間を破壊するのではという、
ちょっとネガティブワールドな世界観が表現されていました。

ですが、その後の研究で、コンピューターには、
人間が簡単に出来る判断が出来ないということが分かったのです。

例えば、小さな子供がいたとします。

大事に育てている、可愛らしい子供を人間が抱き上げ、移動させる時には、
非常に繊細な動きをし、少しでも子供が傷つかないように、そっと運びますよね?

ですが、ロボットは、これが理解できないため、
器械的にどんと運んでしまいます。

子供が怖がったり、痛い思いをすることが理解できないため、
状況判断が出来ないということが分かったのです。

ですから、結論的には、人間と同じ脳の働きをする人工知能は、
つくることが不可能だということがわかったのです。

人間には、直感的な判断力が備わっています。
これがあるからこそ、人は感動したり、人に恋をしたりと、
様々な経験が出来、それらを楽しんだり、右往左往したり、
病を克服する知恵も生まれてくる。

うつ病が蔓延した現代社会は、知性を重視をしていた考え方を、
病気という形で表現し、社会的な歪みを、整えようとした、
実は人間の直感力や、叡智なのではないかと、個人的には思っています。

人間はロボットではありません、感情豊かな、感動する心を持った
存在だということを、忘れてはいけないと、個人的に思います。

科学者として有名な、アインシュタインの発言に、
「感動することをやめた人は、生きていないと同じことである」
というものがあります。

個人的に、うつ病はまさに、感動することを忘れてしまった
状態でもありました。

自分を生きていない、だから心が固まってしまった状態ともいえる。

あの頃は、食欲もなく、何を見ても、食べても、味も感じられないし、
感動する心すら失っていました。

人間にしか出来ないことを、社会が今後どんどんやっていくことが、
これらを克服するためには、大事なのではと、思います。

うつ病をどう捉えるかは、人それぞれです。

ただ、経験者として、そう実感してきたという話ですので、
1つの可能性であると捉えてください。

うつ病だった岡村隆史さん、克服されて元気になられて、
病気を笑いのネタにまで出来るようになって、ほんとうに良かった

私はそう考えます。

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うつ病を克服した有名人  音無美紀子さんの場合

女優 音無 美紀子(おとなし みきこ)

1949年東京都生まれ。1971年に『お登勢(TBSテレビ)』で女優デビューし、その後も1982年映画『男はつらいよ 寅次郎紙風船』、CX系『はるちゃん(1~4)』など数々のテレビや映画、舞台等で活躍。夫は俳優の村井国男さん。二人の子を持つ母でもあり、母親と女優を両立する姿勢に、同世代の女性の支持を集めている。
音無 美紀子さん写真

 

“まずは自分で一歩を踏み出すこと”その一歩が踏み出せれば、うつ病はきっと克服できると思います。
音無 美紀子さん写真良妻賢母で優しいお母さんのイメージそのままに、穏やかな笑みを浮かべてゆっくりと音無さんは、取材場となったホテルのソファーに腰をかけた。
テーブルに置かれたコーヒーカップに伸ばした音無さんの手からは、家族にたっぷりと愛情を注いできた母の温もりが溢れていた。
そんな音無さんがうつ病を体験したというのは、音無さんのお話が始まるまでは信じられないような感じがしていた。
「偉そうなことは何も言えないけど、私の体験が現在うつ病で悩んでいる方々のお役に立てればいいと思います」そう言って、苦しかった過去を懐かしむように音無さんはうつ病の体験談を話し始めてくれた。

 

乳がんの手術を終え退院して帰ってきてからの生活。がんばろうと思っても何もできない自分に苛立ち、少しずつうつ状態に・・・
乳がんだと分かって手術を受けたのは、18年前のこと。
今は乳がんだったことを隠すことはなくなりましたが、当時は自分の弱みを見せることが嫌で、乳がんということは隠していました。仕事がこなくなるんじゃないか、世間でいろいろ噂を立てられるんじゃないか・・・、様々なことが気になって。
女性として乳房を失うということに、耐えられない苦しみや不安があったのに、それでも他人に弱みを見せられない自分がいて、入院中も、とにかく明るくしていました。
音無 美紀子さん写真だけど、入院しているうちに、社会から取り残された疎外感みたいなものを強く感じるようになってしまって・・・。お見舞いに来てくれた姉や妹から感じる外の臭いに、焦りを感じたんですね。病院から出て行く彼女たちを病室の窓から見ていて、「あー、社会に戻って行くんだ。私も早く戻らないと・・・」って、そんな焦りがだんだん強くなっていきました。だから、「手術して悪いところを取って、入院前の元気な自分ともう何も変わりはない」、そう自分にいい聞かせて、一日も早く退院するために、リハビリもほかの人の何倍もがんばったんです。
乳がんという壁を全速力で突っ走り、もとの生活に戻って来たのは良かったのですが、そこには自分が想像していたのとはまったく違う現実が待っていました。
左胸を手術したので子供を抱けないし、子供をお風呂に入れられない、その上、ちょっとした重みのあるものでも傷口が痛むから左手を自由に扱えなくて、自分の髪にドライヤーを当てるといった簡単なことも思うようにできない状態。
早く子供たちに手料理を食べさせてあげたいのに、左手を傷つけてはいけないため、包丁を持って料理をすることもできず、あんなにはりきって退院したのに、現実の生活では何ひとつもとの自分には戻れていなかったのです。
「乳がんという大病をしたのだから、ゆっくりもとの生活を取り戻して行けばいい」と思えていたら、結果は違っていたのかもしれません。でも、当時の私にはそんな風に考える余裕はなくて、何もできない自分に自信を失っていくばかりでした。このころから、少しずつこころのバランスが崩れ始めていったのです。
大切な撮影の前日、とうとう声も出せなくなり、“元気なふり”を演じていた自分が一気に崩れ落ちて行きました。
以前のように明るく振舞うことができなくなって、自分が今までとは違ってきていることに気づいてはいたのですが、それでも依頼された仕事を断ることができずに女優の仕事は続けていました。
音無 美紀子さん写真あるドラマの撮影のために衣装合わせに行ったとき、用意されていた衣装に私は凍りつきました。
胸元が大きく開いた、ノースリーブのシャツ。
左胸に手術の跡があり、腕には抗がん剤を何度も投与した注射痕が青いアザになって残っている今の私には、とても着ることのできない衣装。
自分の状況を正直に話して、衣装を変更してもらえばよかったのですが、乳がんの手術を受けたことを隠し続けていたために、「腕が太いからこのシャツは嫌だ」とか「こんなに胸元は出したくない」とか自分でも恥かしくなるような言い訳をつけ、監督に衣装の変更を交渉していました。
嘘をつく度にこころが締めつけられ、だんだん自分がなくなっていくような感じがしていました。もう、こころも体も限界のところまできていることは分かっていたのですが、なんとか撮影まで自分を奮起させながら踏ん張って。
ところが、撮影を明日に控えた最後の読み合わせで、まったく声が出なくなってしまったのです。
監督に何度指摘されても、どんなに自分で振り絞ってもまともな声が出せず、女優が人前で声が出せないという屈辱的な状況に、私のプライドはズタズタ。
「カメラの前で、声が出なかったらどうしよう・・・」、その不安を跳ね除けるパワーはもう残ってなく、翌日から始まる撮影を土壇場でキャンセルしてしまったのです。
この日を境に、私は本格的なうつ状態に入っていきました。
スーパーを1時間回っても、何ひとつ買えない、お弁当のメニューが決められず、1週間以上も悩み続ける、そんな日々が続きました。
うつ状態が続いてから、つらい症状はいくつかありましたが、その中でも眠れないのはとても苦しかったです。
夜、ベットに入っても全然、寝つけない。今までならベットに入り5分もすれば眠っていたのに、一晩中起きているような感じでした。
当時、隣の家の娘さんが昼間にピアノの練習をしていて、夜ベットに入ると、昼間に聞いたピアノの旋律が、まるで耳元でガンガンと弾かれているのかのように何度も何度も繰り返すのです。
眠れずに苦しむ私の手を、主人はずっと握っていてくれたのですが、そんな主人の優しさにこたえることができず、私は自分が情けなくて仕方がない気持ちでいっぱいでした。
母親としての仕事もまったくできない状態で、以前は大好きだった料理も何を作っていいか決められなくなってしまったのです。
音無 美紀子さん写真冷蔵庫を開けても、何の食材を取っていいか分からず、ただ数分ボーッと中を見ているだけでした。
当時、小学生だった娘にお弁当を持たせていたのですが、うつ状態がひどくなったころから作れなくなりました。正確には何を作っていいか分からないのです。スーパーに食材を買いに行っても、お野菜のコーナー、お魚、お肉と店内を一周しても何を買うかを決めることができずに、何も買い物かごに入れることができない・・・。子供たちに何も食べさせない訳にはいかないので、お惣菜コーナーでせめて夕飯になりそうなハンバーグとかコロッケをとりあえずかごに入れてレジに向かうのですが、途中で「子供たちにこんな出来合いのものを食べさせてちゃいけない・・・」と思って、もとの場所に戻しに行く。それで、とにかくなんでもいいから食材を買おうとまた野菜コーナーに向かうんですが、そしたら今度は、周りの人の目が気になりだして。自分のことを変な人だと思って白い目で見られているような感じがして、スーパーから逃げるように帰る。
情けない話ですが、本当にこんなことを毎日のように繰り返していたんです。
今でも忘れられないのは、春の運動会のお弁当事件。
春の運動会に手作りのお弁当を持って夫婦で子供の応援に行くのが毎年恒例の行事で、お昼休みに運動場の観覧席で大きなシートを広げて、子供のお友だちの家族とも一緒になってピクニック気分でそれを一緒に食べるのはとても楽しい時間でした。
そこには、いつも家族みんなの好きなものが並んでいて、子供たちもお弁当の蓋を開けると大喜びでした。
でも、その年は本当にうつ状態が悪化していて、お弁当をまともに作るができない状態でした。「今年は無理だからごめんね」って言えればよかったのですが、運動会のお弁当だけは絶対に自分が作らなければいけないという強迫観念に近い感じでした。
「作らなきゃ」という気持ちに反比例して、何を作ればいいのか分からない、だから1週間以上も前からずっとお弁当のことが気になって、主人が仕事から帰ってくると「お弁当、何作ろう、お弁当、どうしよう・・・」って責め立てるにようにしていました。主人はお弁当の重荷から私を解放しようという優しさだったのだと思います。前日の夕方、自宅近所の手巻き寿司のお店から、シーチキンや梅、五目など何種類かの太巻きを買ってきてくれました。「明日は、これを持って行こう。家族で一緒に食べればなんだっておいしいよ」私を諭すように、やさしくそう言って、私の代わりにお弁当を決めてくれたんです。だけど、ビニール袋に入ったのり巻きやお稲荷をみて、自分は本当に何もできなくなってしまったんだ、こんな出来合いのものを持って行かなければならない状態にまでなってしまったのだと思ったら、本当に悲しくて、情けなくて、床に崩れ落ち、大声を上げて泣き続けました。

 

 

うつ病のどん底から私を救ってくれたのは、家族の優しさでした。
音無 美紀子さん写真「もう、死のう」そんな風に考えたことは何度もありました。大好きで、愛おしくてたまらないはずの子供でさえも、うつ病のときはうとましく感じることもあって・・・。だけど、そう思うたびに、自分はなんて最低な母親なんだろう、母親失格だと強く自分を責め、また落ち込んでいました。少し気分が良いときは、がんばって公園に子供を連れて行くのですが、本当に楽しそうに子供と遊んでいるほかのお母さんが妬ましくてたまりませんでした。なんで、あんなにこころから笑えるんだろうって。だからひとり、砂場で遊んでいる我が子を見ると、一緒に遊んであげることも、お弁当を作ってあげることもできないこんな母親でごめんなさいという申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
「私なんか、いなくなればいい」こころの底からそう思うこともよくありました。
主人は私がそこまで追いつめられていることを、分かってくれていたのでしょう。
ある晩、布団に入った私の手をそっと握り、「子供たち、よく寝てるな~。なぁ、この子たちの5年後を一緒に見たいと思わないか。こんなヨチヨチ歩きの子が、ランドセルしょって学校に通う姿を見届けたくないか。僕は君と一緒にこの子たちの成長を見たい。何もしなくていいから、ただ僕のそばにいて、一緒に見守ってほしい」と話してくれたんです。
真っ暗な部屋のなか、私は声を殺して泣きました。凍りついていた私の心をとかすように、温かな涙が次から次から溢れ出てきて。
私はこの主人の言葉をきっかけに、家族のため、自分のために「生きよう」と思うようになりました。
少しずつ、前に踏み出そうとしている私の気持ちを後押ししてくれるように、子供たちも優しく支えてくれました。
これまで私の胸の傷に決して触れることのなかった娘が、お風呂に入ったときに、「ママ、大丈夫だよ。おっぱいは、また生えてくるから」っておまじないをするように、傷口をそっと撫でてくれたのです。
私は「あー、自分みたいなダメな母親でも、なんとか元気になってほしいって思ってくれているんだな」と思い、うれしくて涙が止まりませんでした。
家族の思いやりが、すべてのことに後ろ向きだった私のこころに勇気をくれました。
うつ病からの回復。大切なことは、まず、一歩を踏み出すこと。
音無 美紀子さん写真うつになってから、今まで得意だった料理ができなくなって、どんどん自信を失って。そして、そんな自分が嫌になり、責め、落ち込むという負の悪循環に陥っていた気がします。
自分で自分をどんどん悪いほうへ押し進めていたというか・・・。
でも、それも気持ちの持ちようとかじゃなくて、うつ病という病気が基盤にあったから仕方がなかったのかもしれません。
病気が少しよくなってくると、不思議とネガティブな自分の考えに歯止めをかけられるようになりました。
「ダメだ、できない」と否定的なことばかり言ってないで、小さいことでもできることはやってみようって思えるようになってきたんです。
約1年ぶりにこころの底から笑ったのは、ほんとうに些細なことでした。
『娘の夏休みの絵日記』
私がうつ状態でほとんど出かけていない我が家には、娘が絵日記にかけるような出来事が何もなくて・・・。大きなスケッチブックをリビングの床に広げて、悲しそうに真っ白なページを見つめている娘を見て、なんとかしなくっちゃって思ったんです。
どのくらい娘の期待に応えられるか自信はありませんでしたが、「お母さんとどこかに出かけてみようか?絵日記に書けるような思い出ほしいもんね」って誘ってみました。
そうしたら、娘は「ママ、一緒にお料理したい」って。
料理という言葉に一瞬戸惑ったのですが、無理をせずに今の自分の身丈に合ったことでいいと思い、目玉焼きを一緒に作ることにしたのです。
フライパンに油を引いて、卵を割るだけのどうってことのない作業でしたが、フライパンの真ん中にきれいに落ちたまんまるの卵を見ると、本当にうれしくて、うれしくて、「うわぁ~、できたね!」って子供よりも大はしゃぎしていました。
こんな小さなことをきっかけに、次はごはんを炊こう、明日はお庭でプールをやろう、週末は水鉄砲あそび、そうやって日を追うごとに少しずついろいろなことが楽しめるようになっていきました。
目玉焼きのような小さなチャレンジでしたが、病気を治すためにはまず、一歩を自分で踏み出すことが大切だと強く感じました。
もちろん、周囲の人の支えは欠かせないものですが、「治したい」と思ってそのために一つでも、二つでも行動を起こすことは、自分自身にしかできないのだと思います。
当時の私は「がんばり屋の負けず嫌い」、うつ病になりやすい性格にぴったり当てはまっていました。
音無 美紀子さん写真うつ病になりやすいタイプっていうのを以前、何かの本で見たことがあるのですが、当時(18年前)の私はぴったり当てはまっていました。がんばり屋、負けず嫌い、見栄っ張り、まさにその通り。ちょっとこれは無理かな~と思っても断れないことがよくあって、自分の限界を超えた仕事を詰め込んでいました。
忙しくていっぱい、いっぱいでも引き受けた以上は完璧にやりたいと思うから、また、そこで無理をして。若いころの自分はそんなことの連続でしたね。
それは、仕事だけでなく、主人や子供たちに対してもそうでした。やはり、女優の仕事と家事を全部やりこなすのは難しいから、時にはお手伝いさんをお願いすることがあるんですが、他人に素直に任せることができなくて、「あ、それは違う。これはこうじゃなきゃダメ」とか細かく口出しして、結局自分でやってしまうということもよくありました。
自分にはできないってことを言うことがとにかく悔しくて、なんでもかんでも「できる」って言い張っていたんです。
本当に今考えると、自分でもおかしいくらいの負けず嫌いですね。
でも、人には時間も能力も限られていて、どんなに無理をしてもできないこともあって・・・。
だから、いろいろ抱え込んでいるうちに、自分ではどうしようもできなくなってパニックになることもよくありました。

うつ病が教えてくれたこと。それは、本当の強さでした。
音無 美紀子さん写真うつ病を経験して、本当の強さとはどういうことかが分かったような気がします。
以前は、弱い自分を見せたくなくて、なんでもかんでも「できる、できる」って許容量を超えてがんばってしまっていたのですが、そうやって無理を重ねていると、最後にはバランスを崩して、自分にとって一番大切な家族すらも守れない状態になってしまうんですよね。
だから、本当に大切なものを守るために、今できることと、できないことを整理して、「できない」ということも、実は大切なことなんだなって気づきました。
今は、肩の力を抜いて、毎日を楽しめています。
あの時、小さかった子供たちも、今ではりっぱに成人しました。
やっぱり、「生きていてよかったな~」ってこころからそう思います。
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強い心は理想じゃない。理想の心は「柔らかく」「しなやか」

私が、うつ病を悪化させた最大の原因は、うつ病を、
気合と根性でねじ伏せようとしたことでした。

結局、理想として追い求めた強い心は、激しく壊れてしまったんです。

自分は、根本的に全て間違っていたんだ!そんな、強い衝撃を受けました。

そして、自分の根本的な有り様から考え直す必要があると考えました。

心のバランスを崩して、どうしようもなくなったとき、
“心が壊れた”という言葉を聞きます。

なんで?こんな風になってしまったんだろう?と聞けば。

「心が弱いからだ!」という答えが聞こえてきそうです。

では?どうすればいいの?と聞けば、
「心を強くすればいい!」という答えが聞こえてきそうです。

私は、長い間、会社で営業業務でした。

その経験で、深く感銘を受けた言葉があります。

それは、「世の中に壊れないものはない」
「強いものは激しく壊れる」の2つです。

先日の東日本大震災で被災した、発電所の映像を見たとき、
この言葉を思い出しました。

では?どんな心を持てばいいのか?

それは、ゴムのようなスポンジのような「柔らかい心」だと思います。

予想外の強い衝撃を受けたとき、結構揺れるけど、
しばらく待てば、自然と元の形に戻る。

そんな、柔らかく、しなやかな心を持つことが、私の理想です。

そして、その心が自分という存在の基礎になっているわけです。

住宅で言えば、耐震住宅ではなく、免震住宅を目指しています。

私は、うつ病を完全に克服するため、理想の心を作り始めました。

うつ病と向き合う生活で、様々な新しい感じ方を見つけました

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うつ病と依存症④~アルコール依存症について~

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アルコール依存症は、依存症の1つです。
依存症とはあるものに依存し、
それがないと身体的・精神的な平常を保てなくなる状態です。

依存症は物質に対するもの(煙草、アルコール、糖質、薬物等)と、
行為に対するもの(インターネット、買い物、摂取障害、自傷行為、性行為等)、
また共依存のように人間関係に対するものがあります。

アルコール依存について

アルコール依存症は慢性的な症状であり、
急な処置が必要である急性アルコール中毒とは異なります。

やはり他の依存症と同様、心の問題に目を向ける必要がありますが、
アルコール依存症の怖いところは、薬物依存と同様に飲酒の
コントロールを自身でできない精神的依存から離脱症状などを
起こす身体的依存も伴うところです。

後遺症として脳や内臓に深刻な障害をもたらすこともあります。

私の従兄はアルコール依存症で命を落としました。

 

従兄は両親を独りで介護し、
その両親を看取った後から始まりました。

介護中は少し飲み過ぎているかな、
という程度で深刻な飲酒はありませんでした。

しかし両親の死後、張りつめたものが
切れたように飲酒し始めました。

私は一緒に暮らしていなかったので、
どのような経過を従兄がたどっていったかの詳細は
把握できませんでしたが、

しつこい電話と肝機能障害で病院に運ばれたことをきっかけに
従兄の深刻な飲酒に気付きました。

アルコール依存症の人は中々自分の依存状態を認めようとしません。

従兄も自分のアルコール依存を認めようとしませんでした。
「自分は違う」と言い張ります。

しかし肝臓、胃、胆嚢、膵臓、腎臓を悪くし、激痩せ、
髪は抜け落ちて歯はボロボロ、見た目は老人のようになっていきました。

最期の方は会話をすることもできなくなり、
脳が委縮して痴呆もみられるようになりました。

依存症の更生施設に入所するも脱走を繰り返し、
最後の脱走直後、命を落としてしまいました。

 

アルコール依存症に限らず物質への依存は、
寄り添う家族にとっても大変な労力を要します。

家族にも生活があり、仕事や育児もしなければいけませんし、
社会的な立場もあります。

全てを犠牲にして本人の傍にいることは
とても難しいことです。

治療にはもちろん周りの人の理解やサポートが必要ですが、
何よりも本人が依存から抜け出すことを望み、治療に向き合わなければ、
どんな薬も治療も効き目はありません。

依存症の人の中には、依存症という暗いトンネルから
抜け出したがらない人もいます。

本人が出たいと思わなければ説得に時間がかかります。
トンネルの外からこちらが呼びかけても出てきませんし、
自分もトンネルの中に入って連れて出てこようとしても、
それにはリスクがありますし大変なエネルギーを消耗します。

 

貴重な時間、場所、お金、チャンスよりもお酒を優先し、
頭の中は常にアルコールのことでいっぱいで、まるで囚人の
ようなのに、本人はその状態から変化することを嫌がります。

依存症の人はだらしがなく、自分をコントロールできない
心の弱い人のように見えますが“がんばる人”程依存に陥りやすいです。

 

例えば、

・子供の頃から自分を抑え続けてきた

・快感によって今の苦しみを紛らわせたい、少しの間でも良いから現実から逃避したい

・本当の自分、理想の自分、現実の自分のギャップがあり過ぎて常に葛藤している

・自己評価が低い

等が挙げられます。

 

 

 

依存の対象物から離れるには、

・自分を客観視すること

・環境を変える

・頑張るのをやめる

 

ことが大事です。

急性の症状には応急処置として薬が必要になりますが、
基本的に依存症に薬も代用品はいらないと私は思っています。

今度は薬や代用品を手放すことが辛くなるからです。
心の中が詰まらない、満たされないからそれを埋めるために
何かに依存してしまいます。

本人が変化を恐れて治療を拒む場合、家族だけでは対処が
厳しいと思います。

そんな時は公的なアルコール依存症の相談窓口もありますし、
アルコール依存症に精通した有能なセラピストさんも
いらっしゃるので自分一人で抱えずに相談することをお勧めします。

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うつ病と依存症②~摂取障害~

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摂食障害は、依存症の1つです。
依存症とは、ある物事に依存し、
それがないと身体的・精神的な平常を保てなくなる状態です。

誰でも何かにしばらく夢中になって続けた事や物はあると思います。
それが自分にとっての楽しみで終わらせることができる人と依存症の人は異なります。

自分をコントロールできる時点で依存症とは言いません。
本人は心の状態が不安定なため、安定・安心感を得るために何かに依存しています。
それを取り上げるのではなく、心の状態を安定させることが重要です。
そのため依存症はうつ病を併発していることが多々あります。

 

依存症を克服するには、本人が依存症や自分の内面と向き合うことももちろん大切ですが、
周りの人の正しい病気への理解とサポートも必要だと思います。

容易ではありませんが、依存症の本人もサポートする家族も知らないより、
知っている方が回復に有利です。

私がうつ病の時に苦しんだ摂食障害の経験 

今回は私が苦しんだ摂取障害について書きます。
摂取障害はその正体を誤解されていることが多いため、
悪化させてしまうことがよくあります。
私自身もそうでした。

 

その誤解の一つは、摂取障害は嚥下障害や
味覚障害などの食べるための機能の障害とは異なり、
依存症の一つだということです。また単なるダイエットとも異なります。

 

摂取障害には拒食症と過食症があり、この二つとも、それぞれ特徴があります。
拒食症は更に「過食を伴わない拒食」と「過食(むちゃ食い・排出型)を伴う拒食」
と分けられ、過食は「むちゃ食い・排出型」と「非排出型」に分かれます。

 

拒食症と過食症の違いは、体重が極端に少ないこと、
生理が続けて3回以上来ない場合は拒食症で、
単に過食をしているから過食症なのではなく、

極端に痩せていて生理が来ない場合は
「過食(むちゃ食い・排出型)を伴う拒食」ということになります。

 

拒食症の人は頑張り屋で、努力家、独りで何でも解決しようと頑張ります。

そして保守的でとても不安感が強いのが特徴です。

一方過食症の人は自分に厳しく、
自分に嫌悪感を抱いているのが特徴です。

保守的な拒食症とは異なり、
過食症の人は好奇心旺盛で自分を好きになるために
色々な挑戦をしようとします。

「過食を伴わない拒食」の人は拒食症の要素だけを持ち、
「過食を伴う拒食」の人は
拒食症であっても過食症の要素が強いことになります。
そのため拒食症と過食症とでは、見守り方が若干変わってきます。

 

共通している点は、食に対して異常なこだわりがあり、
また恐怖心があります。

人前で食べることが大変苦痛です。

家族は食べさせようと懸命になって食卓に本人を引っ張り出そうとしますが、
逆効果です。本人が抱く不安感、劣等感、罪悪感を癒す必要があります。

 

摂取障害に陥ってしまう人は幼少期から家族にありのままの自分を出せずに

 

“良い子でいよう”

“私が我慢すればいい”

“私が頑張ればいい”

 

と思いながら育ってきていることが多々あります。
言葉にできない欲求不満が摂取障害で表してしまっています。

 

 

 

摂食障害のよくある誤解とは?

よく摂取障害は

 

“母親の育て方が悪かった”

 

と言われることがありますが、これも誤解の一つです。

もちろん摂取障害は幼少期が大きく影響しているのは確かですが、
子供が摂取障害になってしまった時に、母親だけを責めても、
解決にならないどころか返って本人の心が葛藤し、混乱します。

子供が育つ過程で、母親の育て方だけが影響するわけではありません。

母親以外の人がどんな風に子育てに携わってきたかも重要ですし、
家族全体がどのようにコミュニケーションをとってきたかも大切です。

できれば家族全体で個々を振り返り、回復に努めてほしいと思います。

これは摂取障害に限らず、全ての依存症に共通することです。

しかし、誰もが両親が健在とは限らないので、
自分一人で乗り越える場合は本当に大変なことだと思います。

 

治療はもちろん、うつ病や強迫観念等を併発している場合は
抗うつ剤などの併用も必要かもしれませんし、拒食症が重度で
栄養失調を起こしている場合は入院して栄養を補うことも必要だと思います。

 

しかしそれは根本的な治療にはならず、例え摂取障害は善くなっても、
他の依存症に移行もしくはうつ病などが悪化してしまいます。

逆に心のケアを優先し、病を治すことに前向きになった上で
摂取障害が完治すれば、必然的に心の病も快方に向かうはずです。

 

摂食障害を改善するポイントとは? 

ポイントは幼少期からの「私は価値がない・私は我慢しなきゃいけない・
一人で頑張らないといけない」という観念を少しずつでも手放して、
自分だけで解決しようとせず、色んな人の力を借りるようにしていくことです。

 

私個人的には、ヒプノセラピー(前世・退行療法)がとても有効でした。

けれどカウンセラーやセラピストは本当に腕が確かな知識や
経験豊富な方でないと逆効果です。

私は本当に幸運に良い先生と出会えましたが、
逆にカウンセリングがトラウマになっている人も沢山見てきました。

 

また私が今注目しているのは精神科医の水島広子さんがその効果を讃えている
「対人関係療法」です。

こちらは水島先生の著書

自分でできる対人関係療法

拒食症・過食症を対人関係療法で治す

をぜひ読んで頂きたいと思います。

 

次回はオーバードーズについて書きます。

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うつ病と依存症①~あなたに知ってほしいこと~

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うつ病と依存症は、併発することが多々ある

依存症とは、ある物事に依存し、
それがないと身体的・精神的な平常を保てなくなる状態です。

依存症は物質に対するもの(アルコール、薬物等)と、
行為に対するもの(インターネット、買い物、摂取障害等)、
共依存のように人間関係に対するものがあります。

 

特に依存症の始まりの時期は、他者から見ると自身をコントロールできない
未熟な人間のように見えますが、れっきとした心の病です。

 

依存症はうつ病等の心の病と併発していることが多々あります。
今回から数回に分けて、うつ病と依存症について書いていきます。

 

心の病は、身体の病気と違って周囲から理解を得られないことが多いです。
例えばインフルエンザにかかって寝込んでいる人に

 

「怠けるな!起きて頑張れ!!」

 

と怒る人はいませんよね。

けれど心の病は単に怠けているようにしか見えず、
厳しく叱ったり、過剰に励ましたりしてしまいがちです。

依存症も、社会的な立場を失うと分かっていても止められない…
死に至るかもしれないのに止められない…
人に迷惑をかけているのに止められない…

 

本人はいくら人から言われても止めることはできませんし、
怒られたり責められたりして罪悪感に苛まれて更に依存してしまいます。

本人や家族などの身近な人が病の本質を理解し、
正しい知識を身につけることは回復に繋がります。

逆に周りの人が病気についての情報・知識が乏しいにも関わらず、
力任せに治そうとすると回復を遅らせてしまいます。

 

私が心の病を持つ方に実際に聞いて思ったこと 

私はカウンセラー、ヒーラーとして心の病を持つ方の苦悩をお聞きしてきて、
ご家族の理解を得られずに苦しんでいらっしゃる方が
たくさんいらっしゃると感じました。

また依存症で命を落とした家族と共に生き、私自身も依存症で苦しんできたので、
このことをたくさんの人に知ってほしいなと感じています。

 

私はお医者さんではないので、医療的な内容は知識が乏しくて書けませんが、

実際経験した依存症について書きたいと思います。

私と妹の摂取障害、オーバードーズ、
また従兄が冒されたアルコール依存症について3回に分けて書きます。

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うつ病になった恋人との接し方に疲れたとしても不思議ではありません

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うつ病になってしまった恋人(パートナー)との
接し方に疲れてしまったあなたに伝えたい

自分自身がうつになることも辛いですが、自分の大事な人がうつ病になり、
その人と付き合っていくこともとても辛いことです。

私自身はうつ病は治らない病気ではないと思っています。

その原因さえ本人が理解し、改善に努める決心をしたならば、
道のりは長く険しいかもしれませんが、必ず治ります。

心の闇を抜け出すか留まるかは本人の意志に関わってきます。

だから逆に言えば、どんなに有効な治療法があったとしても、
本人がそれを選択する決心がなければ、周りの人がいくらサポートし、
勧めても改善の道はどんどん長くなってしまいます。

要するに人間は、自分を変えることはできても
他人を変えることは中々できません。

パートナーを治そう、変えようと思えば思うほど、
付き合っていくのは辛くなります。

だからこそ、うつ病の人と向き合っていくことは
大変難しいことだと思います。

うつ病ではないはずの自分もネガティブになって、
毎日が憂鬱になりかねません。

 

大事な人がうつ病になった時、

“これをさせると良い”

“これは止めさせて”

と一概には言えません。

 

時にはうつ病のパートナーがただだらしなく怠けているように見えて
苛々することもありますし、ネガティブな話が長くて一緒にいるのが
本当に辛い時もあります。

また重度のうつ病であれば、パートナーが自殺をしてしまうのではないかという
不安をいつも抱えていなければなりません。

もう自分が疲れて投げ出したくなっても不思議ではありません。

 

しかし、うつ病は本人独りでは絶対に治せません。

誰かが心に寄り添ってくれていることが大変大きな力になります。

これから何回かに分けて、私の経験談を書きます。

私自身がうつ病だった時に助けてくれた人のお話、
また私が心の病にかかってしまった大事な人達と過ごした日々のお話など。

その中で感じたことや参考になることがあり、
大事なパートナーを支える糧になれば幸いです。

 

私自身、とても後悔していることも沢山ありますし
(というか後悔ばかりですが…)
未だ解決していないこともあります。

だからこそ、同じ立場の方、苦しんでいる方のお気持ちが良く分かります。

うつ病を治すために有効なことは沢山あります。

どうか自分一人で抱え込まず、沢山の人に相談して、
色々な方法を試してみて下さい。

きっとパートナーに合った治療法があるはずです。

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